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きょう聖(ねこミミ)

きょう聖(ねこミミ)

ガンダムAGEの4話を作り直す


 ディーヴァのMSデッキに人の気配はなかった。明るい照明が、かえって寂しさを感じさせた。
 先の戦闘で、ディーヴァは多くのMSを失っていた。デッキには、空になったMSハンガーが、むなしく目立った。
 唯一、人の気配を感じさせたのは、ガンダムのコックピットだった。ハンガーに固定されながら、開いた胸の装甲の中では、フリットが身体をシートに埋めるように作業に没頭していた。
 やることは、いくらでもあった。
 ガンダムの動作プログラムの改良。大きすぎて無重力下でしか使えないと思われる“ドッズランチャー”の小型化。フリットのパイロットとしての初歩的な訓練も、同時に行わなくてはいけない。
 フリットがディスプレイをにらみつけるように作業していると、これまでに起きた様々な出来事が思い起こされた。
 身元引受人で、本当の肉親のように接してくれたブルーザー司令が死んだ。
 冷凍保存した遺体を見せてもらった。その顔は穏やかに眠っているように見えて、まったく実感がわかなかった。
 しかし、時間が経つにつれ、胸の奥から望まない感情がわき上がってくるのを感じていた。
 ユリンのことも思い出していた。ユリンはコアブロックに避難していたコロニーの住民とともに、連邦軍のチャーターした民間の輸送艇で、新興のコロニーへと移住していった。
 別れ際、フリットはユリンと握手した。
 「ありがとう――。フリットに会えて、本当に良かった」ユリンは、あの澄んだ瞳でいった。
 ユリンの手は温かかった。だが、フリットには、ユリンが泣いているように思えて仕方なかった。身内を失い、ひとりで生きていくことになる少女の行く末を思うと、フリットの心は重くなっていった。
 《いけない……。今は集中しないと……》フリットは思った。
 今は、悲しみをふり払ってでも、やるべきことがあった。しかし、さっきから過去の出来事が、目の前で起きているように頭の中で何度も再生された。
 涙が、こぼれた。
 「……フリット、まだ起きているの?」不意に、下から声がした。エミリーだ。
 「いくらなんでも、もう休んだほうがいいって、お爺ちゃんも……。あと、お腹がすいてるだろうから、食事を持ってきたよ」
 「ありがとう。今行くよ」
 フリットは返事をすると、気取られないように涙をぬぐった。わざと勢いをつけてシートから立ち上がった。
* * *
 宇宙に昼夜の区別はない。しかし、ほかのコロニーと同じように戦艦“ディーヴァ”のなかでも、グリニッジ標準時を基準とし、朝と夜とを区別していた。そのうえで戦闘などにそなえ、クルーを〈朝番〉と〈夜番〉とに分けていた。
 フリットは朝番だったが作業に没頭しすぎて、いつのまにか寝る時間を失っていた。
 エミリーの差し出した温かなコーヒーをすすり、やわらなかサンドイッチを口にする。途端に心はほぐれ食欲もわいてきた。
 フリットは、エミリーに気になっていたことを聞いた。
 「エミリーは、これからどうするの?」
 エミリーは――フリットやディケもだが――避難民とともに、ほかのコロニーには移らなかった。安否の知れた身内が整備班長で祖父バルガスしかおらず、例外的にディーヴァにいることを許されていた。
 「私は、両親とも連絡が取れないうちは、お爺ちゃんと一緒にいさせてもらいたいと思って……。今のところ、食堂の仕事を手伝えば許してくれるって」
 「そうだね。それがいいかもしれない」
 エミリーの両親は、UEの襲撃で住めなくなったコロニー“ノーラ”の公社で働いていた。あれ以来、混乱で連絡ができないままでいる。
 戦艦である“ディーヴァ”は、いつUEに狙われるかわからない。それでもエミリーを、ひとりにすることはためらわれた。
 「ディケも両親と連絡がつくまで、整備班の仕事を手伝うって。忙しくって目が回りそうだって、ぼやいてた」
 エミリーとフリットは、一緒に笑った。
 「フリットはどうするの? やっぱり、これに乗って戦うの……?」エミリーは苦しそうに首を曲げ、ガンダムを見上げた。
 「うん……。今は、まだやることがあるから、それを終わらせないと……」
 「フリットがディーヴァを降りるなら、私も降りようと思うけど……」エミリーは、フリットをちらりと見た。
 フリットは迷っていた。ガンダムの開発にたずさわっていた時も正直、自分が戦うことになるとは思ってもいなかった。
 しかし、ガンダムで得られた戦闘データを即時にシステムの進化・改良につなげる作業は、自分にしかできないのではないかとも思っていた。
 「今、やることが終わったら考えるよ。……考えないとな」フリットは、自分に言い聞かせた。
 「おーす! おはよー」ディケがやってきた。よく眠れたのだろう。スッキリとした顔をしていた。
 「あれ? バルガスは?」ディケがたずねた。
 「お爺ちゃんなら食堂で食事して、部屋にもどって準備が終わったら行くって言ってたわよ」エミリーは答えた。
 「なんだよ。朝の7時に来いって言うから、すげぇがんばって早起きしたのに」
 フリットはこんなやり取りを見ていると、当たり前のように学校に通っていたころにもどった気がした。
 「なあ、さっきからお前らを見てた、あの白い男の人、だれだ?」ディケは、デッキに続く通路の入り口を指さしていった。
 「白い男の人? ……いないじゃない。どんな人? フリットは知ってる?」
 「いや、見てないけど」フリットは答えた。
 「おかしいな……。あんな目立つ人なら、もっと前に見て、覚えていてもいいはずだけどな……」ディケは、なおも頭をひねった。
 「寝ぼけたんじゃない?」エミリーがいった。
 「ねぼけ!? なにいってるんだよ! バルガスにいわれて、早く起きたっていったろ! 5時半だぞ!? 5時半! ――いや、6時……、5時45分だったかな。とにかく、こんなに早く起きたことはない。寝ぼけてなんて、いるもんか」
 ディケは、まくしたてた。
 フリットとエミリーは、互いに顔を見合わせた。
* * *
 エミリーは来たときより、いくらか元気な顔になっていた。
 「とにかく! フリットは時間があるうちに、少しでも休んで! お爺ちゃんも心配してたわ。訓練のことなら、話をしておくからって」
 「わ、わかったよ、エミリー」
 フリットは、エミリーに背中を押されるまま、自室に追いやられた。破格の待遇で使わせてもらっている士官用の個室だった。
 「無理しないでね」
 エミリーは扉の前で小さくいうと、去っていった。
* * *
 その少し前のことだ。
 広く、暗い室内。人間ひとりが仰向けで寝られる大きさの楕円形のカプセルが、いくつか並べてあった。
 そのうちのひとつが、ぼんやりと光を放っていた。その光だけが、部屋の唯一の光源だった。
 楕円を半分にしたようなカプセルのフタが、ゆっくりと開いた。淡い光と白いスモークが外に解き放たれた。
 カプセルの中には男がいた。男は、おもむろに上体を起こした。
 太陽に鍛えられた褐色の肌、引き締まった肉体――それらの印象を裏切るように長い銀髪がたなびいた。
 男は、遠くを見て――まるで動物が臭いをかぐように――あごを上げながらいった。
 「船か……? 動いているな」
* * *
 ディーヴァのブリッジでは、艦長席に座るグルーデック、松葉杖を片手に立つラーガン、それぞれの席に座るオペレーターたちが、深刻な表情で正面の大型モニターを見つめていた。
 モニターの戦略図が、彼らの置かれた厳しい現状を示していた。
 オペレーターのミレース・アロイが口を開いた。
 「約4時間前に放った無人偵察機は、通信可能な領域を越え、2時間後には反応が途絶しました。本来、約1時間前には目的を終えて引き返し、再度、通信ができる領域に入る――はずでした」
 「デブリにでも、つっこんだんじゃないか?」ラーガンがきいた。
 「可能性はありますが3機の偵察機が、一度にロストするとは……」
 「UE――と、考えるべきだろう」グルーデックが結論した。
 「敵に追撃されている、ということですか」オペレーターのアダムス・ティネルがいった。顔は緊張を隠せず、こわばっている。
 「UEは、この新造艦に興味があるようだな」グルーデックは、厳しい表情をさらに固くした。
 不意に、通路につながるドアが開いた。
 「ウルフ・エニアクル中尉だ。待たせちまったな」白いパイロット服を着くずした男が立っていた。
 「状況は? どうなっているんだ」
 「ウルフ中尉!」ラーガンは、ウルフに向き直ると敬礼した。「コールドスリープの解凍は、無事に済みましたか?」
 「おいおい……、やめてくれよ」ウルフは、心からうんざりしたような顔を向けた。「敬語を使われると、体がかゆくなるって言ったろ」と、本当に首筋をかいた。
 「フ……、そうだったな」ラーガンは笑った。
 ウルフ・エニアクルは連邦軍に入るまで、MSレースのパイロットとして、広く世間に名を馳せていた。数々のグランプリを総なめし、5年連続で王座にあった凄腕だ。
 連邦軍の実質的な“エース”と呼ばれて久しい。
 とはいえ、上層部の人気はいまひとつで、先ごろ辺境のコロニー基地に“仲間入り”したばかりだった。ウルフが怪我の治療をかねた冷凍睡眠〈コールドスリープ〉の最中、コロニーはUEの襲撃にあっていた。
 「すまなかった。俺が寝ている間にUEの攻撃があったとはな」
 「気に病んでも仕方のないことだ」
 グルーデックは静かな口調いった。ラーガンも、そうだとばかりに大きくうなずいた。
 「今は、どうなっている。追撃はあるのか?」ウルフはたずねた。
 「正確にはわからないわ。位置や、規模も。でも、おそらくまちがいない――という結論よ」ミレースが答えた。
 「そうか……」ウルフは考え込んだあと、ひらめいたようにいった。
 「ガンダムを見てきたぜ。フリットってやつもな」
 「ああ。どうだった?」ラーガンがきいた。
 「どうもこうも……。聞きたいのは、こっちさ」ウルフは、自嘲するように笑った。「いいのか? あんな子どもを」
 「まあ、それは……な」
 「能力的には問題ない」グルーデックが口をはさんだ。
 「動けるMSもパイロットも、ずいぶん減っちまったからな……」ラーガンは、ギプスで固まった右足を見せた。
 「艦内でも意見は分かれているよ。ほかに方法はないのかって――」
 「私が命じた」グルーデックは厳としていうと、横目でウルフをみた。「それが、今の状況だ」
 「ガンダムは、むずかしい機体なんだ」ラーガンがいった。
 「いや、未完成といったほうがいい。本来の性能を発揮するには、特殊な訓練をつんだか、よほど機体の特性に詳しくでもないとむずかしい。本当なら、俺の仕事のはずだったんだが……」
 ウルフは、しばし思案していった。
 「どちらにしろ、UEの偵察はいるな? 俺がジェノアス・カスタムで出よう。あとは――」ニヤリと笑った。「フリット坊やを貸してもらう」
* * *
 フリットは眠りから目覚め、MSデッキに向かった。作業に励む整備士たちの姿が目につくようになっていた。
 夜番と朝番が入れ替わって、すでに数時間がたっていた。
 デッキの隅に置かれていた真っ白な量産型MS・ジェノアスが前に出されていた。何人かの整備士が、話し合いをしながら調整をしてた。
 自分の仕事にひと段落がついたのだろう。ディケがフリットに近づいてきた。
 「見たか? あのジェノアス。カスタム機だってさ」ディケは目を輝かせていった。気になる車種のモデルチェンジ版を見た時と同じ表情だった。
 「そうなんだ」フリットにとっては意外だった。てっきり、テスト機か予備機だとばかり思っていたからだ。
 「カッコいいだろう! “白い狼”専用の機体だぜ」不意に、背後から声がした。
 近づいてきたのは、白いパイロット服に褐色の肌が映える若い男だった。
 「あっ! この人だよ!」ディケは声をあげた。「朝、言ったろ。フリットとガンダムを見ていた白い人って」
 「ウルフ・エニアクル中尉だ。よろしくな」ウルフは、白いMSを指さしていった。「これは、俺の専用機“ジェノアス・カスタム”だ」
 ウルフの後ろから、松葉杖を器用に使いラーガンが近づいた。
 「ウルフ中尉は、コールドスリープしていて今、目覚めたばかりなんだ」
 「フリットとディケだな。お前たちにも苦労させちまったな」ウルフはいった。
 「フリット・アスノです。よろしくお願いします」フリットは、あいさつした。
 「おう、よろしくな。さっそくだが、ひとつだけ注文がある」ウルフは、服の上から肘を掻いた。「俺に敬語は使うな。体がかゆくなってしかたねぇ」
 「はあ……」フリットは戸惑った。
 「ひとつの船に乗っている以上、家族みたいなもんだろ? 遠慮することないんだぜ」
 「わ、わかりました」
 「うーん……、まあ、無理にとは言わんが……」
 「おれ、ディケ・ガンヘイルってんだ! よろしくな! ウルフの兄貴!」ディケが元気よくいった。
 「おお! わかっているな! ディケ!」ウルフは、両腕を広げた。ディケは、それに飛び込んだ。
 突然、目の前で、男同士の抱擁がはじまった。が、フリットには、《演技っぽい……》としか思えなかった。
* * *
 「……しかし、本当にキレイになったもんだ」
 ウルフは、空きスペースばかりが目立つMSデッキを見渡した。
 使えるMSは、ガンダムと修理中のジェノアス、ウルフのジェノアス・カスタムだけ。あとは、大破して修理用の部品になるかも怪しいジェノアス1機と、AGEビルダーが隙間を埋めていた。
 使いみちのないMSハンガーが、墓標のように並んでいた。
 「で、これがガンダムか」
 ウルフはハンガーに固定されたガンダムを見上げた。フリットに向き直るといった。
 「このガンダムは、俺が使わせてもらう」
 「えっ!?」フリットはおどろいた。ディケも目を丸くしていた。
 ウルフの提案に反応したのは、ラーガンだった。
 「ウルフ。それは、どうかと思うな」ラーガンは、2本の杖を片手にまとめ、空いた腕を広げながらいった。「こいつは、特別な機体なんだ」
 「なんだ? まさか、俺の技術では乗りこなせないとでもいうのか?」ウルフはいった。野生動物のような目つきだった。
 「そうじゃない」ラーガンは頭を振ってみせた。「言ったろう。ガンダムには戦うだけではない、多くの特殊な機能がある。それを使いこなすには、専門の訓練をつんだか、よほど機体に詳しくなければむずかしいんだ」
 「だからって、こんな子どもに大事な機体をまかせて、戦わせようっていうのか? どうかしてるぜ……」ウルフも、大げさな身振りで反論した。
 次第に、2人の討論の決着を見守ろうと、周囲に人が集まってきた。フリットとディケは、なぜか肩身の狭い思いをすることになった。
 「子どもというがな、フリットは、このガンダムに乗ってUEのMS1機を撃墜し、もう1機を退けたんだ。調べたんだが、MS戦でUEのMSを倒したという記録は、公式には残っていない。これは快挙なんだ。フリットには、適性があるんだよ」
 「ほう……。なら、フリットにきくのが一番だな」ウルフは、フリットに向き直った。「おい、フリット! ガンダムに乗れ。これから模擬戦をやる。今日の訓練は、まだだったな。それも兼ねてやるぞ」
 「ええっ!?」急に話を向けられ、フリットは戸惑った。「も、模擬戦といっても、外はデブリ帯のすぐそばです。危険ではないのですか?」
 「だから、やるんだよ。デブリに衝突せず、俺の“ジェノカス”に追いつけば、お前の勝ちだ。まあ、今回は、俺に離されなければ勝ちってことでいい」
 フリットがなにかを言おうとした時、ラーガンが口をはさんだ。
 「フリット、中尉なんかに負けるなよ。お前には力がある。自信をもて!」
 「よし。話は終わりだ。MSに乗り込め。武器は忘れるなよ。なにがあるか、わからんからな」ウルフは、周りに指示を出した。「俺のジェノアス・カスタムを出せ!」
 ざわめく大人たちのなかで、フリットとディケは呆然としていた。
 「なんだか、大変なことになったな」ディケがフリットの気持ちを代弁した。しかし、その口調は他人事だった。
* * *
 「大人気ない中尉なんかに、負けないでね」コックピットのモニターに映るミレースは、いたずらっぽくいった。
 「いくぞ! フリット! 俺について来い!」つぎにウルフがいった。
 MSデッキに併設されたカタパルトから、ウルフの真っ白なMS――ジェノアス・カスタムがいきおいよく撃ち出された。
 白いジェノアスは、真闇の中で美しく弧を描いて旋回した。フリットは、それを見るだけでウルフの技術の高さを思い知った。
 「フリット、いきます!」シートに押し付けられる強い加重とともに、ガンダムがカタパルトから飛び出した。
 ディーヴァの船窓の前では、事の成り行きを見守ろうという大人たちにまじって、ディケとエミリーがふたつの機影を見送っていた。
 「フリット!」ウルフから通信が入った。「マップを送った。見れるな? 表示された空域の3点を結ぶように、デブリを突っ切って移動する。俺に離されるなよ!」
 「はい!」
 「今回の模擬戦は、偵察の任務をかねている。UEに遭遇するかもしれんが、その時はあわてず、俺の指示に従え!」
 「UE!? コロニーを襲ったやつらが、まだこの近くにいるんですか!?」
 「可能性の話だ。戦場では、あらゆる事態を想定しろ」
 「わかりました!」
 「それと、熱探知レーダーは使えるな? 索敵範囲は極めて狭いが、これならUEのMSでも探知してくれる。目視とともに、こちらにも目を配れ」
 「はい!」
 ウルフのジェノアスと、フリットのガンダムは、次第にデブリの密度が高い空域に入っていった。大小の岩石や、大型船の破片が行く手を阻む、宇宙の暗礁地帯だ。
 ウルフのジェノアスは、デブリのなかをどんどん加速していった。その眼前に、倍以上の大きさの岩石が迫った。
 フリットが心配する間もなく、ジェノアスは、岩石の表面を高速でなぞるように回避していった。磁石の同極が反発するような、無駄のない自然な動きだった。
 「フリット! 続け!」ウルフがいった。
 ガンダムの前に岩石が迫った。ウルフと同じ軌跡で近づいたはずだ。が、フリットは、まずその大きさに圧倒されてしまった。
 「うわあぁっ!!」
 慌ててスラスターを操作し、岩石をかわした。それでもかわしきれない気がして、速度を落とした。
 「怖れるな! 速度を落とせば、敵の攻撃をよけても再度、撃たれるぞ!」
 「は、はい!」フリットは返事をした。
 「強気でいけ! 一対一の戦いなら、強気なやつが勝つ。冷静な判断を鍛えるのは、あとでもいい!」
 ウルフのジェノアスは、なおも高速でデブリの隙間をすり抜けていった。フリットは、ついていくのがやっとだった。
 やがて、ジェノアスは速度を落とした。指定したひとつ目のポイントに到着したのだ。
 「周りには、なにもないな……」ウルフはいった。「フリット。お前のレーダーはどうだ?」
 「なにも、反応はありません」フリットは答えた。
 「よし、いくぞ。つぎのポイントだ」
 「ウルフ中尉!」フリットは、気になっていたことをたずねた。「これは模擬戦より、偵察が主な任務なんですか?」
 ウルフは答えた。「いいや、ちがうな。その証拠に、このあとお前は俺に負け、今の仕事に加え、便所掃除までおおせつかることになる」
 そういうとウルフのジェノアスは、フリットを置き去りにして速度を上げた。
* * *
 ジェノアスとガンダムが、ふたつ目のポイントに近づいたときだった。
 ――ピピピッ! コックピットの中で、機械音――人間を緊張させる単純な音――が鳴った。
 「ウルフ中尉!」フリットはいった。「レーダーに反応があります! 大型です。これは……戦艦?」
 「了解だ」ウルフは応えた。「こちらのレーダーに、まだ反応はない。もう少し近づくぞ。UEの戦艦なら、できる限りの情報を得たい」
 「しかし、気づかれるかもしれません」
 「大丈夫だ。このデブリの密度なら、おそらく気づかれない。が、できるだけスラスターは使うなよ。AMBACは使えるな?」
 「はい!」
 2機のMSは慣性移動を駆使して、反応がある方向に近づいた。
 「こちらにも反応があった」ウルフはいった。「それどころか、前方の映像を拡大してみろ、目視できるぞ。あんな大きな船は、はじめて見たぜ……」
 フリットは指示に従い、モニターの映像を拡大した。地球圏の文化では、ありえない大きさと形をした艦船が映し出された。
 《UEにちがいない》フリットは直観した。
 大型船の近くに、それよりは小さい中型船が横付けされていた。
 「2隻いるように見えます。なにをやっているんでしょう。こんなデブリ帯の中で……」
 「わからん。……が、補給かもしれんな。俺たちのディーヴァも、そろそろ物資が切れかかっている。……フッ、急に親近感がわいてきたぜ、正体不明の化け物ども」
 フリットは、ウルフの言葉で思い出していた。ユリンと一緒に戦ったとき、UEの黒いMSから、人間の子どもの声が聞こえてきたことをだ。
 しかし、フリットは、そのことをだれにも言えずにいた。確信がなかったのか、あるいは、そのように考えたくなかっただけなのかもしれない。
 しかし、今は《この模擬戦が終わったあと、言わなければいけない》と、思っていた。
 「よし、退くぞ。敵の位置がわかればいい」ウルフはいった。「模擬戦の決着は、つぎにもち越しだな」
 「はい!」
 ジェノアスとガンダムは、ディーバに向かって退却した。
* * *
 ウルフとフリットが、ディーバへの帰路を半ばまで進んだ時だった。
 ――ピピピピッ! 再び、レーダーの機械音がなった。
 「中尉!」フリットはいった。
 「こちらにも反応があった!」ウルフは応えた。
 「反応が2つあります。これは……」
 「近いぞ! UEのMS型、2体だ!」
 ジェノアスのカメラは、闇に潜む鋼鉄のトカゲ――UEのMS“ガフラン”を捉えていた。
 「どうして、こんなところに……」フリットはきいた。
 「さあな。俺たちと同じ、偵察かもしれん」ウルフは答えた。「――が、好都合だ! 落とすぞ!」
 「で、でもっ、ジェノアスの今の武装は、UEに通用しません!」
 「なにを言っている! ガンダムの武器は使えるんだろう! 俺がUEを引きつける。お前は下がって、後方からUEを撃ち落とせ!」
 「ぼ、僕が……」
 「できるか? フリット」ウルフはたずねた。
 「……や、やります!」フリットは覚悟した。
 「よし!」
 ウルフのジェノアス・カスタムは、UEに目がけて急加速していった。通常のジェノアスとは比較にならない素早い動きだった。
 「よくも仲間をやってくれたな!」ウルフは叫んだ。
 2機のガフランが、同時に左腕をかまえた。左手から、ビームバルカンの光の弾丸が放たれた。
 降り注ぐ雨のような攻撃を、ジェノアスは機体をロールさせながらかわした。速度を上げ、ガフランの頭上を取るように移動すると、背後へまわりこんだ。
 「こっちだ!」
 ウルフのジェノアスは、フリットを中心に円を描くように旋回した。狙撃の機会をうかがうガンダムと、距離が離れすぎないようにするためだ。
 ガンダムは、大きな岩石に張り付くように身を隠しながら、ドッズランチャーをかまえた。
 フリットの前面のモニターでは、照準を示すターゲットマークがせわしなく動き、システムがガフランの動きを補足した。
 狙いは定まった。あとは、操縦桿のトリガーを引くだけだ。
 ――が、引けなかった。
 フリットの動きは、そこで止まっていた。
 「何をしている! フリット!」ウルフは叫んだ。「チッ!」
 ジェノアスを追うガフランが、再びビームバルカンを放った。ウルフは、背後から迫る光の弾丸を、錐もみしながら回転し、辛うじてかわした。
 「なぜ撃たない!」ウルフはいった。
 《撃つんだ! 撃たなくては!》フリットは思っていた。
 が、それでも動けなかった。
 顔面から汗が噴き出て、指先が震えた。
 フリットは、今になって、自分の中に激しい葛藤があることを思い知った。
 「ウルフ中尉! UEは……人間なんです!」フリットは叫んだ。「UEのMSには、人間が乗っているんですっ!」
 「なんだとっ!?」ウルフはいった。
 「UEの黒いMSと戦ったとき、声がしたんです! 人の、子どもの声でした……!」
 「バカヤロウが! なぜ、そんな大事なことを!」
 「ご、ごめんなさいっ! わからなくって……! 確信がなくて……!」
 「フリット!」ウルフは、吼えるようにいった。「撃て!!」
 「うっ……うぅっ……」
 「今は撃て!! 俺のために撃つんだ!!」
 フリットの息はあがり、頭は血流がとまったように重くなった。
 身体が思い通りにならないなかで、フリットは、エミリーやディケら、ディーヴァのクルーたちのことを思い出していた。
 冷え切った頭に再び、熱いものが流れ通った気がした。
 「う、撃ちますっ!!」フリットは、トリガーを一気に引いた。
 ――ズガアアアァァッ!!
 大きな振動音を響かせながら、ドッズランチャーが光の束を放った。金色の光が一直線に走り、ガフランの腹部に突き刺さった。
 ガフランは腹から折れ曲がると、激しい光とともに爆発した。
 「もう1機だ! 行ったぞ!」ウルフが叫んだ。
 残る1機のガフランが、ガンダムに向かって突進した。
 ガンダムは岩陰から身を起こすと、ガフランを目がけて急加速した。
 「ぐっ! うぅっ!!」加速に伴う荷重が、見えない壁のようにフリットを押しつぶそうとした。が、フリットは、なおも速度を上げた。
 ガフランが右手からビームサーベルを伸ばし、振り下ろした。が、ガンダムは、その刃が届くより先にガフランの横を高速ですり抜けていた。
 ガンダムは振り向きざまにランチャーをかまえ、ガフランを撃ちぬいた。
 背中から真っ二つに割れたガフランは、まぶしい光とともに爆散した。
* * *
 ウルフとフリットは、あらためてディーヴァへの帰路にあった。
 「フリット。お前は、やさしいやつだな」最初に沈黙を破ったのはウルフだった。
 「すいませんでした……。僕のせいで、中尉を危険な目に……」フリットはいった。
 「いいさ。お前のおかげで、みんな助かったんだ」
 ウルフは前方に広がる真闇の中で、絶え間なく光る星々を見ていた。
 「お前の自由だ。戦うか、戦わないかは、自分で決めるんだ。ただ、自由には責任が伴う。その責任を自分で背負っていけるか、どうかなんだ」
 「はい……」
 ふたりの間をふたたび沈黙が覆うとしたとき、ウルフがいった。
 「俺は、10歳のときに両親を事故で失った」
 「えっ……」
 「それからは、ずっとひとりで生きてきた。近所に住んでいたおっさんが、MSレースの整備の仕事をしていてな。俺は、そのころから手伝って働くようになった」
 「そんな、子どものころから……」
 フリットは驚いた。ウルフの洗練された雰囲気から、そのような苦労をしてきた印象を感じることができなかったからだ。
 「それで、12歳のとき、はじめてレースにパイロットとして出る機会があった。お前は知ってるかもしらんが、レースなんて言っても半分は殴り合いみたいなもんでな。俺はボロボロにやられ、危うく死ぬところだった」
 ジェノアスとガンダムの前方に、ディーヴァの、まぶしく光る小さな船影が見えきた。
 「それからは、練習につぐ練習。勉強つぐ勉強だ。そして、二十歳からは、負けなしのチャンピオンとして君臨しつづけた」ウルフは静かにいった。「フリット。お前は、どうする? お前は、殺し合いなんて、しなくったっていいんだぜ」
 ディーヴァが近づいた。外から見える船窓に、ふたりの帰りを待つ人たちの姿まで見えるようだった。
 「僕は……」フリットは答えた。「――戦います」
 「本当にいいのか」ウルフはたずねた。「死ぬかもしれないんだぞ」
 フリットは、自分の中の誓いを思い起こしていた。UEの脅威に怯える人が、いなくなるために――今、フリットにとって、それは戦うことだった。
 「戦います。だって、僕たちのこと、家族だって言ってくれたでしょ?」
 「……そうだったな」ウルフは微笑んだ。
ジェノアスとガンダムの機影は、ディーヴァの発着デッキに近づいていた。


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